火曜日, 7月 18, 2006

日本語を勉強しようとの決め

日本語を勉強しようと事した時、まずあまり大事な決めじゃないだろうと思ってた。しかし、この決めが僕の生活に強く影響したとは現在わかってきたよ。

偶然にインタネットで日本語の勉強ソフトを見つけてつまらない日だったからやって見ようと思った。次の2、3日にそのソフトで頑張った。単語数は早く増えた。400ぐらいになって、「日本語でぺらぺらになるべきじゃないか?」と思った。アプリコットウェブと言うウェブサイトで日本人と勉強し始めた。

言語に興味があるとは気がついたので、母に「ESL教師を見つけている広告がある」と伝えられた。多分、日本語を勉強し始めなければ、母はこの広告を気がつかなかったでしょう。 英語を教え方がぜんぜんわからなかったにもかかわらず、英語の教師になった。2年ぐらいでMontagnardと言うベトナムから来た人に英語を教えた。すごく楽しかったよ。世界中でも一番ジャライと言う言語から英語までの辞書も作り始めた。(このごろもう少し完成する)この時代は僕の生活の中でもっとも主な時代ぐらいだと見なす。

とにかく、しばらく教えているの後、引越ししなければいけない場合になちゃった。Montagnard人が住んでいるアパートに引越しすることに決めた。このアパートに多くの友達がいた。ベトナムから来た人だけでなく、ロシア人、セルビア人、アメリカ人もいろいろの友達がいた。皆は僕のアパートに尋ねて英語の質問を聞いた。家を買った時、アパートから引越しした。いい思い出がたくさんあったな。 そのたくさんの友達はもういい友達だよ。これは確かに日本語を勉強しようの決めの効果だね。

この僕がESL教師だったの時代にトムとポールと言うアメリカ人友達を出会った。この人たちはすごくキリスト教に詳しかったよ。当時僕も新教だった。毎日僕たちはキリスト教や宗教や命について会話をした。そんな会話が出来る人はまれに見るな~。だけど、僕の考え方はこのごろにもその人たちの影響がちょっと見えるよ。トムは、カトリックから新教に改宗したが僕が引越しした後で彼はまたカトリック教会に変えたと聞いた。それとその人たちの影響と僕の自分の宗教の勉強の効果は、カトリック教会に改宗しようと事した。 それも日本語の勉強しようとの決めの効果だかもね。

一人日本語を勉強するアメリカ人の彼女できた。後日本人のガールフレンドができた。彼女の名前はみきだった。 しばらく、一緒に住んでいたけど、あいにく割れて彼女は引越しした。それは大変に悲しかったけど、実はそんな生活様式は今の宗教の教えと反対するから、するべきじゃなかったよ。

纏めたら、僕の生活は4年間前の決めからよく影響があるね。

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